プリオン病の原因となるプリオンの異常構造化を防ぐ化合物を設計・合成、マウスとサルでプリオン病の進行遅延や症状改善を確認

岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 桑田一夫シニア教授らの研究グループは、プリオンの立体構造を核磁気共鳴装置(NMR)で原子レベルで解析し、正常プリオンと結合することで異常構造への変換を防ぐ化合物MC(molecular chaperone, 分子シャペロン)を設計・合成しました。ヒトの家族性プリオン病に感染させたマウスにMCを投与し、異常プリオンの減少や延命を確認しました。また、BSEに感染させたサル(カニクイザル)にMCを投与し、症状の進行遅延や症状改善を確認しました。

クロイツフェルト・ヤコブ病(ヤコブ病)などに代表されるプリオン病(伝達性海綿状脳症(transmissible spongiform encephaolopathy, TSE))は、脳の神経細胞が破壊され、発症から約1年2カ月程度で死に至る、治療法が未確立の重篤な疾患です。その原因は、プリオンというたんぱく質が、何らかの理由で正常構造から異常構造に変化し、凝集体を形成して脳内に蓄積することだと考えられています。岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科 桑田一夫シニア教授らの研究グループは、プリオンの立体構造を核磁気共鳴装置(NMR)で原子レベルで解析し、正常プリオンと結合することで異常構造への変換を防ぐ化合物MC(molecular chaperone, 分子シャペロン)を設計・合成しました。ヒトの家族性プリオン病に感染させたマウスにMCを投与し、異常プリオンの減少や延命を確認しました。また、BSEに感染させたサル(カニクイザル)にMCを投与し、症状の進行遅延や症状改善を確認しました。この研究には、バイオハザードレベルP3以上の環境と、800MHzのNMRが必要であり、両方が揃う施設は世界的にも珍しく、岐阜大学ならではの成果と言えます。桑田シニア教授らは今後、ヒトのヤコブ病に対するMC療法の治験を目指します。本研究成果は2月11日付で”Nature Biomedical Engineering”に掲載されました。( https://www.nature.com/articles/s41551-019-0349-8

 

※図は添付のプレスリリースPDFファイルをご参照ください。

 

●プリオンの立体構造解析と異常構造化を防ぐ化合物の設計・合成

桑田シニア教授は「論理的創薬」という概念に基づく治療薬開発に取り組んでいます。これはタンパク質の立体構造から最適な分子構造を計算によって割り出し、有効な化合物を効率的・意図的に設計する方法です。プリオン病については、プリオンが病原性を持つまでの詳細なメカニズムはほとんど知られていませんが、正常プリオンが異常プリオンと結合すると異常プリオンとなり、ある程度異常プリオンが増えると、発症することがわかっています。桑田シニア教授は、化合物を正常プリオンと結合させ、正常プリオンと異常プリオンとの結合を妨げれば、異常プリオンの増殖を抑止できる可能性があると考えました。なお、プリオンが化合物と結合しても体に支障はないと考えられています。

このような化合物を設計するためには、プリオンの正常構造と異常構造の立体構造を測定する必要が あります。そこで、IVC-NMR(In vitro conversion NMR、図2)という装置を用いました。これは、バイオハザードレベルP3環境下のキャビネット内で、プリオンをポンプでNMR(図3)に送り、NMRでプリオンの立体構造を原子レベルで測定する装置です。プリオンには超音波を照射し、プリオンが人為的に正常構造から異常構造へと変換する過程における、その立体構造の変化を測定します。

このNMR測定結果(図4)をもとに、分子動力学シミュレーションおよび量子化学計算が統合されたソフトウェア「NAGARA」を用いて、正常プリオンの窪みに結合するMC(molecular chaperone, 分子シャペロン)を設計しました。MCを脳の治療に用いるためには、ある程度分子量が小さいことが求められます。NAGARAによってプリオンとの結合シミュレーションを行った結果、200個以上の化合物を実際に合成し、正常プリオンとの結合力が強いMCの構造(図7)を発見しました。

なお、桑田シニア教授らは2007年に、正常プリオンに結合することで異常プリオンへの構造変換を防ぐ分子シャペロン「GN8」(図6)を発表※1しましたが、今回設計・合成したMCは、正常プリオンとの結合力がGN8の2倍以上強いものです。

 

※1 Kazuo Kuwata, Noriyuki Nishida, Tomoharu Matsumoto, Yuji O. Kamatari, Junji Hosokawa-Muto, Kota Kodama, Hironori K. Nakamura, Kiminori Kimura, Makoto Kawasaki, Yuka Takakura, Susumu Shirabe, Jiro Takata, Yasufumi Kataoka, and Shigeru Katamine "Hot spots in prion protein for pathogenic conversion." Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 104, 11921–11926, 2007

 

●MCが異常プリオンを減少させる効果

MCがプリオンをどの程度減少させるかを測定した結果、MCの濃度が高いほど、異常プリオンの割合が低くなることが示されました(図9)。異常プリオンが半減する濃度(IC50)は0.5μM程度です。この4倍の濃度の2μMの場合、異常プリオンの根絶も可能であることが分かりました。

 

●ヒト伝染性海綿状細胞に感染させたマウスへの投与実験

MCのプリオン病への治療効果を確かめるため、ヒトの家族性プリオン病(Fukuoka-1株)をマウスに感染させ、MCを投与する実験を行いました。Fukuoka-1を接種してから28日後から、週に1回、食塩水または1mgkg-1のMCまたは10mgkg-1のMCを腹腔内に投与しました(各群n=11)。食塩水を投与したマウス(黒)は感染後157日しか生存しませんでしたが、MCを10mgkg-1投与したマウスでは335日生存したものもあり、有意に生存期間が長く、MC投与による延命効果が確かめられました(図10)。MCを投与したマウス(白)は、食塩水を投与したマウス(グレー)より、脳の液胞の割合を抑えられており、MCが症状の進行を遅延させる効果が確認できました(図11)。

 

●BSEに感染しさせたサルへの投与実験

マウスではプリオン病の症状を確認することが困難です。そこで、BSE(牛海綿状脳症)に感染させたサル(カニクイザル)に、食塩水を投与する群(赤、Control number 2および6)、BSE接種後10カ月でBSE発症前にMCを投与する群(青、BOS number 3および4)、BSE接種後17ヵ月でBSE発症後にMCを投与する群(緑、AOS number 1および5)の3群(各群n=2)に分け、BSEの神経学的スコアと心理学的スコアにより、症状の変化を確認しました(図12)。その結果、18ヵ月後(BSE投与後、以下同じ)になるとControl群とAOS群の4頭のサルに、振戦と麻痺、錯乱や表情の欠如などの異常行動が徐々に目立つようになりました。BOSの2例(number 3および4)は21ヵ月後までBSE症状の神経学的スコアと心理学的スコアがいずれも低く抑えられました。AOSの1例(number 5)は18か月後に一時的に症状が現れたものの、19.5ヵ月後には症状が治まりました。

なお、21か月後には全サンプルでMCの投与を中止しました。その後はBOS例、AOS例ともBSEの神経学的スコアと心理学的スコアがいずれも高くなり、BSEが進行しました。

同じサルの前頭葉の病理組織学的画像分析(図13、上の赤紫色に染色した写真)では、Control群と比較すると、AOS群とBOS群では、空胞化した白くなった領域が小さいことが確認できます。また小脳の免疫組織学的画像分析(図13、下の茶色に染色した写真)では、Control群と比較すると、AOS群とBOS群で、異常プリオンが堆積した茶色くなった部分が少ないことが確認できます。

同じサルのデジタル病理分析(図14)では、液胞になった領域の割合(上段a,b,c)は、Control群(赤)と比較して、AOS群(緑)、BOS群(青)はいずれも低いです。また、異常プリオンの蓄積(下段d,e,f)も、Control群と比較して、AOS群、BOS群はいずれも低いです。

これらの結果から、MCが異常プリオンの増加を抑え、BSEの症状の進行を遅らせたことが示されました。

 

●今後の展望

桑田シニア教授らは本研究成果をもとに、今後、ヒトのヤコブ病に対するMC療法の治験を行う準備をしており、将来的には、プリオン病の治療を可能にすることを目指しています。

さらに、アルツハイマー病を引き起こすたんぱく質が、プリオンを介して脳の神経細胞を破壊していることがわかっています。そのため、MCはプリオン病だけでなく、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患全般の治療にも進展をもたらす可能性があります。

 

【論文情報】

掲載媒体: Nature Biomedical Engineering (2019)

DOI: https://doi.org/10.1038/s41551-019-0349-8

タイトル:A designer molecular chaperone against transmissible spongiform encephalopathy slows disease progression in mice and macaques

(伝染性海綿状脳症に対するデザイナー分子シャペロンがマウスおよびマカクの疾患進行を遅らせる)

論文著者:Keiichi Yamaguchi, Yuji O. Kamatari, Fumiko Ono, Hiroaki Shibata, Takayuki Fuse, Abdelazim Elsayed Elhelaly, Mayuko Fukuoka, Tsutomu Kimura, Junji Hosokawa-Muto, Takeshi Ishikawa, Minoru Tobiume, Yoshinori Takeuchi, Yutaka Matsuyama, Daisuke Ishibashi, Noriyuki Nishida & Kazuo Kuwata

責任著者:桑田一夫(岐阜大学大学院 連合創薬医療情報研究科)

掲載日:2019年2月11日付(現地時間)

 

【代表研究者プロフィール】

桑田 一夫   岐阜大学 大学院連合創薬医療情報研究科 シニア教授

1984年 岐阜大学 医学部助手

1989年 岐阜大学 医学部附属病院併任講師

1993年~2002年 岐阜大学 医学部助教授

1999年~2000年 大阪大学 蛋白質研究所助教授(併任)

2004年~2011年 岐阜大学 人獣感染防御研究センター教授、センター長

2011年~ 岐阜大学大学院 連合創薬医療情報研究科教授



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企業情報

企業名 国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
代表者名 森脇 久隆
業種 国・自治体・公共機関

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