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記者は自分の運命を自分で決められる

2014年7月1日付けで東洋経済オンライン編集長になった山田俊浩氏。就任直後の山田氏に、自身のバックグラウンドと今後目指すものについてお話を伺いました。

オーケストラをやっていたことが記者生活に生きている


Qまず最初に、山田さんが記者になられたきっかけについて教えてください。


学生時代から記者になろうと決めていました。文章を書くことが好きでしたし、『週刊金曜日』を創刊したジャーナリスト本多勝一さんのシリーズものを読んで、社会に対して筆一本で勝負できるジャーナリストに憧れていたんです。

 

Q就職では迷いなく記者の道を選ばれたのですね。数あるメディアの中から東洋経済を選ばれたのはなぜでしょうか?


大学が早稲田で、東洋経済出身で首相を務めた石橋湛山が早稲田出身だったり、大学の授業で東洋経済の教科書を使っていたり、で馴染みがありました。
あとは転勤がなくて東京で勤務できるところを希望していたんです。趣味で楽器のオーボエをやっていまして、所属していた社会人オーケストラがあるのが東京だったので。今思えばどうでもいい理由なのですが(笑)、演奏会が先々まで決まっていたので、辞めたらみんなに迷惑かけるし、続けられなくなるのは困るなと。

 

Qオーケストラは今もやってらっしゃるんですか?


山田 俊浩1はい。東洋経済オンラインの編集長に指名されて最初に思ったことは、「オンラインは紙よりも時間の融通がきくからオーボエの練習時間が増える!」ということでした(笑)。

オーケストラをやっていたことが、記者生活にも生きていると思うことがあります。チームで仕事をする時に、メロディーを演奏する記者をサポートするために伴奏に回ったり、自分が主役になる時は、サポートしてもらうためにどうしたらいいか考える。オーケストラには阿吽の呼吸が必要です。経験がないと自分の音が周りのバランスと合っているかわからずに浮いてしまったりする。逆に少々おさえ目であっても、オケ全体が同じスピードでバランスを取るとすごく迫力のあるものになる。組織の中でチームを組んで一つのものを作り上げる醍醐味を、僕はオーケストラで学びました。

 

 

一日も早く記者になりたかった


Q入社後、最初に配属されたのは?


整理部です。今の新入社員は入社後すぐに現場に行っていますが、当時は先輩記者が書いた記事を印刷所に送るなど、下積みから入りました。いろんなところに行って社内人脈を作るという意味もあったと思います。雑誌の作り方については最初の2カ月でマスターできてしまうので、暇でしたね、2年間(笑)。いい経験だったと思いますが、一日も早く記者になりたくて仕方なかったです。

山田 俊浩2

 

Q念願の記事を書けるようになって最初の頃に手掛けられた記事は?


記者になって最初の四月下旬頃だったと思います、担当していた企業が倒産しました。なんとかコメントを取りたいと思ったのですが、倒産してるから誰も電話にでてくれないんです。直接行って、新宿のビルの前で雨の中ずっと待っていたら、可哀想だってことで総務部長が入れてくれて。「普通は言わないんだけど」と、資金繰りがうまくいかなった事情などを話してくれたので記事にしました。

 

Q取材や記事の書き方は先輩記者から教わったのでしょうか?


教わると言うより、OJTのような感じでした。倒産した会社には独断で行って「こんな時に来るなんて非常識だ」と怒られました(笑)。しかも、この記事では訂正を出しました。倒産した会社のメインバンクはA銀行で準メインはB銀行だったと書いたら、猛烈なクレームが来まして。A銀行とB銀行はすでに合併しているのにもかかわらず、です。「A銀行が確かにメインだけど、B銀行は準メインではなかった」と。その時の広報はもともとB銀行の方だったんですが。Bはたまたま貸出残高が2位だっただけで準メインではないんだ、と。大人の世界ってすごいなと思いました(笑)。

 

Q最初の頃から大変な経験をされているのですね…。


最初からトラブルを経験しながらも、記者というのは自分で考えて自分で決断して自分でなんでもやれる。自分の運命は自分で決められる。全ての結果に自分で責任を負える。それがすごく性に合っているなと思いました。
今は編集をやる立場になってはいますが、編集よりも記者のほうが絶対にやりがいがある、と今でも思っています。いつも「自分が記者だったら」という視点で考えています。

 

Q記事を書く時に意識していることはありますか?


日付け記事でただ「○○が起こりました」と書くのではなく、事実を探求し、疑問に思ったら報道する、わからないことは気持ち悪いからわかろうとする。原点にある「自然な知りたがり」の気持ちを大切にして、自分が面白いと思ったことを独自に掘っていくことを意識しています。自分の記事を待ってくれているファンの顔が思い浮かぶので、署名記事を書く以上、安易なことは書けません。「この人の記事からは得るものがある」と思ってもらえるものを書こうといつも思っています。

 

 

先頭を走ると情報がやってくる


Q長年の記者生活の中で、印象に残っている記事はありますか?


山田 俊浩3ビル・ゲイツへのインタビューなどいろいろありますが、1995年に起きた米国コダック社による「米国通商法スーパー301条提訴」の事件は印象深いです。米国コダック社が、「日本のフィルム流通市場は、富士フィルムによってコントロールされているからコダックは市場に参入できない」と富士フィルムを訴えたのです。僕はこの事件に没頭して、各方面を取材し、大量の記事を書いていました。
反響が多く、反響があるとまたさらに取材ができることに喜びを感じました。そしてその時に、先頭を走ると情報はすべて自分のところにくることを経験したのです。会見終了後に他社の年配の記者からお茶に誘われたり。先頭っていいなと思いました(笑)。後輩にも、誰かが書いたものを追いかけるんじゃなくて、自分がいつも先頭を走っていると自然に自分に情報が入ってくるから楽だよとアドバイスしています。

 

Qこれからは記者ではなく編集長としての仕事が多くなるかと思いますが、記者生活を振り返られて思うことはありますか?


僕は非常に恵まれた環境にいたなと思います。記者になりたての頃、諸先輩方が「上が働かない。だから下の人間がこんなに働かなきゃいけないんだ」と不満をこぼしていたのですが、僕はそれが不思議で。もし経験を積んだ上の人がバンバン働いたら、自分が書けなくなってしまうと思っていたので、ラッキーだと思っていたんです。

猛烈な抗議を受けるなどマイナスなことも含めて(笑)、若い頃にいろいろ体験させてもらえたのは大きかったですね。今思えば当時、編集長がまだ若い記者だった僕に特集を任せるというのは、随分勇気がいることだったのではないかと思います。僕は何でも自分でやってしまうことがあるので、これからは意識して任せていきたいと思っています。

 

 

コンテナーがあればいいオカズが入ってくる


Q編集長になられて、東洋経済オンラインの改革はどのようなことを考えていらっしゃいますか?


まずは動画の新しい表現表法を追求していきたいと思っています。読めば一瞬で終わるインタビューを動画でダラダラ流すのは、読者の時間を奪うことになるのでご法度です。テレビ局や他社がやっていることを真似ても意味がない。

動画が生きるのは、たとえば機械の使い方についての説明です。自分が使ってもないのに知ったかぶって「クラウド上でデータを保管し…」なんて書いてしまうけど、ユーザーインターフェースがどうなっているかをわかりやすく伝えなくてはいけません。たとえばスマホ系のベンチャー企業を取材する時に、社長さんにスマホの画面を見せながら1分間でサービスの特長を見せてください、というのが記事の脇にありながら、記事ではまったく別のモノが流れるような組み合わせを考えていきたいと思っています。

 

Q他にはどんなことを考えていますか?


コンテナー作りです。僕はよく「お弁当箱」と言っています。お弁当箱ってそれぞれ枠があるから、ここにはご飯、ここにはオカズと、何を入れるかがわかりやすいですよね。枠がないと自由ではあるけれども、チャーハンしかいれられなかったり、何を入れたらいいかわからなくなる。編集というのは、コンテナーをどう作るかが腕の見せ所なんじゃないかと思います。いいコンテナーがあれば、そこにピタリとハマる情報が自然と入ってくるようになる。
今までの東洋経済オンラインでは、それぞれの連載、一本一本の記事が面白ければ良しとされていました。もちろん、それも重要ですが、今後はコンテナーの見せ方で、自分達なりのメッセージを伝えていければと思っています。
強化したいのは安全保障など国民の関心が高いもの。その枠を作って、関連する様々な意見の記事を入れていく。東洋経済のこの欄に行けば、安全保障については一通りの意見と問題が網羅されていると認識される存在になりたい。読者の「知りたい!」の終着点を目指したいと思っています。

山田 俊浩4

 

 

誰もが見に来るプラットフォームへ


Q7月1日から、オリジナルニュースを英語で配信する「From Japan」というコーナーが開始しましたね。


欧米の人たちが日本のことをどう思うかは、実は中国など他国のメディアを通じた情報の影響が大きいのです。欧米のまともなメディアでも、安倍さんは国粋主義者で危険な思想の持ち主であるというのが定説のようになっている。その状況に危機感を持ち、日本のことを海外に正確な形で伝えたいと思いました。また、ロボット工学など新しいテクノロジーが日本でも生まれていることを海外に向けて発信していきたいですね。

 

Q今後のリニューアルがとても楽しみです。


マネタイズについて聞かれることもありますが、当面余計なことを考えず、今のモデルで、落ち込んでいたPVを復活させ、1億PVを目指していきます。会員モデルや有料化に関してはすごく慎重にやっていきたい。なぜなら、少しでも読者がストレスを感じれば、一気にユニークユーザーとPVが減るからです。せめてユニークユーザーが1千万を超えるサイトになれば、会員モデル、有料化をして読者が半分になってもやっていける。そう遠くない将来、有料のプレミアムコンテンツは出していきます。だけれども、まずは無料の中でやっていくことをやっていきたい。まだ無料でできることをフルセットでできていないので。一つ一つ丁寧にやっていけば、1億PVは達成できると思っています。

優秀なライターさんたちが、「東洋経済オンラインに書いたら20万PV見られる。他のメディアだと5万PVしか見られない」となったら、うちに集中して書きたいと思えるようになると思うんです。
多くの人が東洋経済オンラインの記事を読みたい、そしてここに書きたいと思うようなプラットフォームを作りたいと思っています。

 

(取材年月:2014年7月3日/撮影:池田 啓輔)

山田 俊浩氏

媒体名
東洋経済オンライン
プロフィール
1971年、埼玉県生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科を卒業。1993年に東洋経済新報社入社し、会社・業界担当記者として活躍。特にインターネット関連企業に詳しく、週刊東洋経済誌上で「アマゾンの正体」「ネット新金脈」「メイカーズ革命」など多数の大型特集を企画した。2013年10月から新設のニュース編集長として、週刊東洋経済、東洋経済オンラインのニュース記事の拡充に貢献。著書に『稀代の勝負師 孫正義の将来』(東洋経済新報社)がある。2014年7月1日より東洋経済オンライン編集長に就任。

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