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テレビの「報道する力」はだんだん弱くなっている

故・筑紫哲也氏の右腕として、『筑紫哲也NEWS23』の番組編集長を8年間務め、TBSの看板番組に発展させるなど、多彩な経歴を持つ金平茂紀さん。『ニュースコープ』副編集長、モスクワ支局長、ワシントン支局長、報道局長としても活躍する金平氏に、テレビ報道のあり方とこれからについてお伺いしました。

Q記者になったきっかけはどのようなものだったのでしょうか?元々テレビの報道をやりたいとお考えだったのでしょうか?


今年でテレビ放送が開始されて60周年ですが、59歳の僕はまさにテレビ放送と共に育ってきた人間です。その中でもいちばん衝撃的だったのは、高校3年の時の「浅間山荘事件」、そのテレビ中継を見たときですね。浅間山荘に突撃するその中継は、視聴率が90%に上りました。日本全国の国民が注目した瞬間でした。当時は今よりずっと映像を通じた報道の力を信じていたし、テレビに対して希望を持っていた時代でしたので、自分も携わりたいと思うようになりました。

僕は1977年にこの世界に入りましたが、当時のTBSは『JNNニュースコープ』というすばらしい報道番組をやっていました。NHKは“官製”の報道機関であり、民放の中ではTBSが一番しっかりした報道機関だと思いました。ただ、どのテレビ局もそうですが、時を経て、テレビ報道の力がだんだん弱くなっているのは事実だと思います。“報道する力”が弱くなっていると思います。

 

Qどのように弱くなっているのでしょうか?


報道には、ビジネスでは割り切れない損得を抜きにした姿勢や、人が嫌がることでも皆が共有すべき情報を伝えなければならないというパブリックな姿勢が求められます。これが無くなれば、メディアは権力者の思うがままに使われたり、本当のことを誰も知る事ができない国になる恐れがあります。日本がそうであってよいわけがありません。

よりよい社会や民主主義をきちんと機能させるためには、ちゃんとしたメディアが必要なのです。今何が問題で、何を議論し決めなければならないのかを国民は知る権利がある。それを伝えるのがメディアの役割です。それは商売上の損得の活動ではありませんね。

一例を挙げれば、2011年3月11日に東日本大震災が起きた時、営利目的のCMのすべてを止め、状況を刻一刻と報道しました。すべての人が今、何が起きているのかを知る必要があると考えたからです。それこそが本来の報道の役割。つまり、僕らは公共財(=公共的な情報)を扱っているということです。報道は、視聴者がものごとを自分の頭で考えるための材料を提供する仕事です。視聴者が笑ってばかりいたり、考えることをしなくなったり、他人任せにしたりすることを助長する番組ばかり作っていてはダメだと思います。この点でテレビが弱くなっているのではないかと危惧しています。

 

Q事実をただ伝えればいいのではなく、そこにどんなメッセージを乗せるのかということですね。そういったスキルはどのように身につければいいのでしょうか?


経験してみるしかありませんね。オン・ザ・ジョブトレーニング(OJT)しかないということです。先輩の教えを聞き、その背中を見ながら自分もやってみて失敗と成功を繰り返す。取材に行き、相手から塩をまかれるような経験をしないとダメだということです。早道やテクニックはありません。愚直な仕事だと思いますね。

僕自身、辞めたいと思った事も何度もあります。しかし、こうしてまだ続けているのは、報道の仕事をやる意味を失っていないからだと思います。思ったことをちゃんと伝えられた時の喜びのほうが、辛いことよりも大きい。また、辞める選択肢を選ぶというのは、それまで報道に携わってきたことの責任からも逃げることにならないか。今まで偉そうなことを言ってきたのに、逃げるのかと。責任の取り方として、潔くないのではと僕は思いますね。

 

Qこれまでの取材活動の中で最も印象に残っているものは?


36年もやっていると、たくさんありすぎて、「これです」と言えるものはありません。しいて言えば、モスクワとワシントンとニューヨークに合わせて10年ぐらい滞在していたことです。外から日本を見ることができてよかったと思います。日本の狭さ、日本人の考え方の偏狭さといったものもよくわかりました。日本は本当に島国だと感じました。

日本人は外のことを知ろうとしませんし、外からは誤解のされっぱなしです。自分の考えをきちんと外に対して説明していないからです。だからこそ、仕事で使える十分な語学力を身につけなければなりません。海外の人の話を心の底から理解し、自分の考えを外国語できちんと発信するというのは、大変大事なことだと思います。僕自身も含めて、そういう能力を身につけなければならない。韓国や中国ではそれを貪欲にやっています。それが世界では常識。日本人はまだまだ発展途上だと思います。

これは、僕ら記者やジャーナリストも含めてのことです。ジャーナリストこそ誰とでも会って視野を広めなければならないのに、日本のジャーナリストは極めて狭いムラ社会に留まっている。世界のどこでも通用するジャーナリストは日本には少数しかいないのではないかと思います。

 

Qでは、取材活動で接する企業などの広報担当者について伺います。何かお感じになることはありますか?


プレスへの対応など、重要な業務を担っていると思います。なぜ重要かといえば、それが間違ったものであれば社会に対する影響も大きいからです。例えば、問題を起こした企業がプレスリリースで都合の悪い部分を隠ぺいしたり、マスメディアを都合のいい方向に誘導したりするようなことがあれば、僕らは当然追及するわけです。マスメディアにとって、広報はある時は協力関係にあり、ある時は敵対関係にあります。

何が基準か。それは、真実を言っているかどうかなのです。こちらは本当のことを伝えたい。けれども、役所にせよ企業にせよ、都合の悪い真実は隠しておきたい。両者が伝えたいことに違いがあるということです。もし鵜呑みにするようなことがあれば、メディアは“大本営”になるだけです。

ですから、メディアと広報は時としてぶつかる必要もあると思います。メディアと広報が繋がるとすれば、それは常に誰のためになるのかを考える必要があります。そこは絶対に忘れてはならない。

人間的に優れた広報担当者は、会社を裏切ることもあるかもしれないと僕は思います。アメリカでは、広報の人が内部告発者になることもよくあります。基本的に、広報担当者は会社から雇用されているわけであり、自分が所属する会社さえよければいいという発想になりがちです。しかし、もはやその考え方が今の時代ではもう古い。CSR(企業の社会的責任)が盛んに叫ばれていますが、自分たちの発展だけを考えて生きていくことができない時代に突入しているからです。自分だけよければいいという発想は、一番貧しい考え方です。

 

Q最後に、今後、メディアとしてのテレビはどうなっていくべきとお考えでしょうか?


東日本大震災の原発事故報道で、メディアへの信頼が大きく揺らいだのは間違いありません。本来であれば今、全力を持って建て直していかなければならない。にもかかわらず、メディアに関わっている人間にその自覚が足りないことを危惧しています。テレビは相変わらずお手軽な番組ばかり作っています。視聴者も敏感です。「いつまでこんな軽い番組ばかり作っているのだ」と感じているでしょう。

僕はテレビメディア側で歳月を経てきた人間として、そのことを警告し続けていかなければならない。テレビには可能性があると信じていますし、あきらめたくはないですから。

ちょっと固いことばかり言いすぎましたか?(笑)

 

(取材年月:2012年2月21日)

金平 茂紀氏

媒体名
TBS『報道特集』

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