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日経パソコン、日経ウーマンオンラインの立ち上げ、そして日経ビジネスへ

日経パソコン、日経ウーマンオンラインの立ち上げ、そして日経ビジネスへ。それぞれの媒体で、常に読者と向き合い、自分らしい価値提供を目指す染原睦美さんにお話をお伺いしました。

Q記者になった経緯を教えてください。


記者を目指すようになったのは、小さいころからとにかくスポーツが大好きで、自分が応援しているスポーツ選手のそばで働ける仕事に憧れていました。その中でも記者職を選んだのは、文章を書くことが好きという理由からです。小さいころから文章を書くことが好きで、自分の知り合いだけでなく、親の同僚の方にも積極的にからんでいくような子で、手紙を書いてはしょっちゅう親に渡してもらっていました(笑)

ただスポーツライターは人気の職種ですし、非常に狭き門です。OBやOGから、「どうしてスポーツがいいの?」と質問を受けているうちに、「確かに何でスポーツじゃなきゃいけないんだろう」と思い始めた自分がいました。そして、記者職を募集している会社はすべて受けようという意気込みで就職活動に臨み、今に至ります。

 

Q初めの配属が「日経パソコン」ということですが、もともとパソコンには興味はお持ちでしたか?


いえ、それがまったく(笑)「OS」の「オ」の字も知らないところからのスタートです。「日経パソコン」は、当時は、実売部数が約30万部の媒体で、毎年新人が入ってくる大きな編集部でした。ですから年齢の近い先輩がたくさんいて、私のような素人でも皆さんに細かく教えてもらいながら、少しずつ知識をつけていくことができたんです。

日経パソコンは、当然パソコン好きな読者やIT業界で働く方、システム部門で働く方が多い雑誌。そんな方に向けた専門性の高い読み応えのある記事が売りです。でも私としては、パソコン初心者の方にも興味を持ってもらえるような記事を書いていきたいと思っていました。CPUやOSのことを知らない読者にも「自分にも少し関係がありそうだ」と思ってもらえるような記事です。「デュアルコアのCPUが登場した」といったって、例えば、私の周りにいるような女性は興味を持ってくれません(笑)。もちろん専門誌ですから、極端なことを言えばそういった女性はそもそもターゲットとしていないわけですから、問題はないのですが、それでもやっぱり私と同じくらいの世代の女性でも、「なるほどー」と思ってもらえるくらいの記事を提供したいなと思っていました。

しかし素人目線がいいと言ったって、素人が素人のまま書いていたらそれはプロの仕事とは言えません。入社して1年目に少しずつ記事を提案し始めた頃に、上司から、「お前の勉強のために記事を書くな」と怒られたことがありました。「今は5-6割しか分かっていないけれど、取材して記事にしていく過程で、100%理解できたらいいな」という下心のある企画を提案していたら、上司に見透かされてしまったんです。これはもう反論の余地がないほど、正しい意見ですよね。そこから徐々に先輩たちの力も借りながら、3年くらい地道に記事を書いていると、徐々に何とか書けるようにはなってきました。4年目くらいでしょうか。何とか書けるようになったのはいいのですが、自分自身の「専門領域」というものが見つからなくて悩み始めました。3年も書いてきたのに、ふと気が付くと「このネタなら染原に書かせよう」と言ってもらえるものがない気がしたんです。

 

Qその壁はどんな風に乗り越えていったんですか?


たまたま出会ったネタでぱっと晴れました。自分では勝手に「規制三部作」と呼んでいるんですが、2007年は、青少年保護を目的とし、国が携帯電話事業者に対して携帯電話フィルタリング(有害サイトアクセス制限)導入促進を始めたころでした。この話題は、子どもを持つお父さんやお母さんをはじめ、たくさんの人に興味をもってもらえると思って取材したところ、取材も記事執筆も非常におもしろかったんです。こうした規制関連の記事を3つほど手がけまして、ようやくモヤモヤしたものから抜け出すことができました。「こんなネタを追っていきながら、この部署であと2-3年は頑張っていきたいな」。そう思った矢先に、日経ウーマンオンライン立ち上げのため、異動が命じられました。

ネット規制法が浮き彫りにした課題 2008年7月14日 ※有料記事のため一部公開
Google ブック検索、“和解”の衝撃 2009年4月13日
インターネットでの医薬品販売規制へ 2009年2月9日

 

Q日経ウーマンオンライン立ち上げ後いろいろな企画を手がけてきたと思いますが、特に印象に残っているものはありますか?


ぽつぽつとではあるのですが、継続している被災地ルポについては、思い入れがあります。「女子一人で被災地ボランティアに行ってきた」この記事がきっかけになりました。震災後の4月に一人で石巻市へボランティアに行ったことがきっかけとなり偶然生まれたものです。体験を記事にするつもりはなく、何かできることがあればと純粋にボランティアの気持ちでした。現地に4日間ほど滞在して、ボランティアや沿岸部を見てまわりましたが、不謹慎かもしれないのですが、「一人でも多くの人が被災地にいけば、その分だけ復興が早くなるはず。たくさんの人に見て欲しい」と思ったんです。そんな話を東京に戻ってきて当時の日経ウーマンの編集長としていたら、「今、ソメちゃんが話をしてくれたこと、それをそのまま書きなさいよ」と言われました。私が見たもの、感じたものをそのまま記事にした方がいいと。

編集長と話しているうちに、私にはメディアという武器がある。もっとたくさんの人に、現実を伝えなくてはいけないと急に記者としての使命感に駆られたんです。幸いメモはたくさんとっていました。それを頼りに1か月ほど経過していましたが、記事を書き上げました。書こうと思っていなかったものを、背中を押されて書いたのは初めてだったので、今でも大切な記事の一つです。

 

Qこのルポを発表したことで、ご自身の中での変化はありましたか?


想像以上にPVを稼ぐ記事になり驚きました。さらに「あの記事を見てボランティアに行った」という人に出会ったり、「1人で行こうと思ってるんだけど……」と相談を受けたりするようになりました。この記事の反響で、「女性限定のボランティアツアー」という企画を思いつき、JTBさんに持ち込み、1年半にわたり計400名以上の女性を被災地にお連れすることができました。

その後も被災地のルポは手がけているのですが、正直そこまでPV数は伸びません。でも面白いのがソーシャルメディアでの広まり方が他の記事とは大きく違います。通常掲載しているウーマンオンラインの一般的な記事は、だいたい1件あたり50~100のFacebookいいね!がつく程度なのですが、被災地ルポに関しては1件あたり300~400のFacebookいいね!がつくことがあります。おそらく読者の方は、記事の内容というよりは、私たちの報道姿勢に対して「いいね!」をしてくれたのではないかと思うんです。どんなに悲惨なことだったとしても、直接大きな被害を受けていないと、時間の経過とともに心のなかからは消えてしまいがちです。でもこの記事を通じて、何かを伝えられたのかなと思っています。

 

Qこれまで記者をやられてきて色々な方とお会いしていると思いますが、広報で印象に残っている方はいらっしゃいますか?


引き続き震災関連の話になるのですが、震災直後に各企業がどのような被災地支援を行っているのかをまとめる記事を書き、その時に対応にあたってくれたP&Gの広報さんの対応には大変助けられました。3月14日(月)に電話取材をしたので、震災が発生した3月11日(金)からわずか3日後のことですが、P&Gは、すでに被災地に数十万単位のおむつや生理用品を送っていました。おそらく土日の間に対処したのでしょう。他の企業は、「このくらい義援金を寄付する予定です」「担当者に確認します」という広報対応が大半でしたが、P&Gは広報が被災地支援に関わるあらゆる情報を把握していて、担当者に確認することなく、電話一本ですべての情報を用意してくれました。さらには、物資をトラックで送ったときの写真まで手配してくれるというのです。ここまで準備が整っていたのはさすがにP&Gだけだったので、記事のメインはもちろん同社になりました。

P&Gは阪神・淡路大震災で震災対応の経験があったというアドバンテージはあれど、これは広報戦略的には、素晴らしいなと思いました。企業としてやるべきことをきちんと果たし、それをメディアが重宝し、結果として押し売りという形ではなく大きく取り上げられるのですから。震災直後の混乱の最中に、これだけの情報を取りまとめている広報の方はすごいと思います。

 

Qこれから目指していきたいコンテンツづくり、目標などがありましたら教えてください。


4月から『日経ビジネス』に異動となりましたが、今は、初心を忘れず着実に執筆記事の数を重ねていきたいということだけですね。目標は…、走りながら考えていきたいです(笑)。

 

(取材年月:2012年2月27日)

染原 睦美氏

媒体名
日経ビジネス

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