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『16歳だった~私の援助交際日記』の著者が立ちあげた大人の女性のラブメディア

2013年11月に立ちあがった”大人の女性のラブメディア“『JESSIE』。 編集長を務めるのは中山美里さん。22歳でシングルマザーとなった後、性風俗について執筆するフリーライターとして頭角を現し、処女作『16歳だった~私の援助交際日記』はベストセラーに。現在は母として、編集長として、ライターとして活躍される中山さんにお話を伺いました。

Q中山さんがライターや編集の仕事を始めたきっかけは?


昔から本を読んだり文章を書いたりすることが好きだったので、本や雑誌には興味がありました。でも出版に携わる仕事は、大学を出たエリートがやるもので、高卒の自分には縁がないものと思っていました。

そもそも雑誌がどう作られているのかも想像がついていませんでした。18才の時に『土方巽記念アスベスト館』という劇団のような場所でアルバイトなどをしてました。そこで、雑誌作りにはカメラマンやコーディネーターなど多くの人が関わっていて、フリーライターという職種もあることを知ったのです。

22歳で未婚のまま出産。就職活動はしていたのですが、やはり子育てしながらの就職は難しく…。生活費に困っていた時、偶然知り合った小さな自費出版会社の社長さんが、アルバイトとして採用してくれました。数カ月働いていたのですが、経営が苦しくなっている状況を見て、自分がいることで負担になっているかもしれないと感じ辞めました。

しばらくして、以前「ママ記者」という形で寄稿していた赤ちゃん雑誌でライターを募集しているのを見つけました。しばらく働いていましたが、そこも倒産してしまったので、フリーライターとして活動することになりました。

21才から25才の間は、毎年転機だった気がします(笑)。この話をすると皆さんから同情されるのですが、自分自身は楽天家なので、仕事も子育ても日々楽しくて仕方なかったですね。

 

Q性風俗の記事を多く手掛けていらっしゃいますが、この分野に興味を持たれたきっかけは?


もともと性業界には漠然と興味を持っていたのですが、具体的にこの分野を書きたいと思ったのは、赤ちゃん雑誌を作っていた時です。
読者の方たちに不妊治療やパパとのセックス事情などを聞く機会があり、セックスについて聞くことに面白さを感じました。同時に、一般の女性が性について知る機会ってあまりないということに気付き、いつか書いてみたいと思うようになりました。

フリーになって最初の頃は、情報誌でレストランの取材などをしていました。この時に、必要な記事要素を漏らさず聞くというスキルが磨かれたように思います。
性風俗の記事も書くようになったのは、今では廃刊になってしまった『週刊特報』が最初でした。体験取材でも何でも面白がってやりたい性質で、「AVの現場も行きたいです!」と公言していたら、徐々にいろんな方からお仕事をいただけるようになりました。

仕事が軌道に乗り始めたのは、元AV女優でエッセイストの川奈まり子さんとの出会いからかもしれません。川奈さんと初めてお会いしたのは奇遇にも私の誕生日で。威風堂々とした彼女に惹きつけられました。前々から性風俗業界で働く人のインタビューをしてみたいという気持ちはありましたが、川奈さんに会ってその思いが強くなりました。

『ズバ王』という雑誌で企画が通って。川奈まり子さん始め、加藤鷹さんや高橋がなりさんら、性のプロフェッショナルの方々を取材させていただき、『性職者の人々―あの世界の仕事師たち』という一冊の本にまとめることができました。
その時に風俗業界の方たちの知り合いが増えまして、業界の方たちを集めての座談会など、コーディネーター業も含めたライターの仕事もいただけるようになったのです。

 

Q一番印象に残っている取材は何でしょうか?


2003年から数年間、取材で高校生たちをキャッチして、そのまま一緒にクラブに行ったり家に泊めたりしていた時期がありました。みんな我が家に入り浸っていて。当時小学校1年生だった息子の面倒を見れない時、彼女たちにベビーシッターになってもらったりと、持ちつ持たれつの関係になっていました。

ずっと一緒にいるので、彼女たちはだんだんと、恋の相談とか、妊娠や性病の相談とかをしてくれるようになりました。その延長で、友だちには話せない重いことも話してくれるようになり…その時に、「福祉から漏れている子」たちの存在を知ったのです。

たとえば、家は裕福でちゃんとしているけれど、実は親から性的虐待を受けている子。施設から引き取られた後、里親が養育を放棄して不登校になって高校にも行けない子…。誰かが手を差し伸べてあげなきゃいけない年頃なのに、この子たちの存在を世間は知らない。ショックでした。
その子たちが育った結果どうなるのかということは、『漂流遊女』という著書にも書いてあります。その本で取材した性風俗業界に携わる11人、1人を除いて誰一人、いわゆる世間からの尺度での幸せな形にはなっていないのです。子どもが生まれる前、22歳までの私も、彼女達のようになってもおかしくない人生を生きてきました。

あの子たちのことについては、未だに割り切れないし、結論を出せずにいますが……。
性風俗、サブカルのライターだったからこそ、彼女たちに出会えた。文章でその存在を伝えていくことには意義があるのではないかと思っています。

 

Q印象に残っている広報の方はいらっしゃいますか?


ラブグッズメーカーやAV業界の広報の方とお付き合いがあります。広報の方とのお付き合いは基本的には電話とメールでのやり取りになるのですが、一瞬のやり取りでも、印象の良い方にはたくさん献本してしまったりしますね(笑)。やはり、自分の企業のことを愛していて、誇りに思っていて、その仕事が好きな人というのは伝わってくるので、その思いに動かされるというのはあります。

また、私の好みを理解してくれていて、こういう女優さんがいるんですけど、たぶん好きですよね?現場見に来ませんか?みたいなお誘いをしてくれる広報の方がいたのですが、自分の求めている情報を提供してくれると、記事にしようかなと思います。サービス精神とスピード感がある広報の方には弱いです。

逆にいろんなところをたらい回しにされたりすると、もう面倒くさいからいいか…みたいになることもあります。

 

Q中山さんが今後目指すコンテンツ・媒体づくりは?


私の中には「ライター」と「編集者」という二本柱があると思っています。
ライターの方に関しては、自分の中に問題意識としてあるものを時間をかけて取材して、書籍などの形にして世に出していきたいと思っています。

編集者の方に関していえば、昨年11月末に立ちあげたメディア『JESSIE』一色ですね。気になっているけど聞けないこと、スワッピングとか、AV女優の結婚とか、気になるけど一般の人はなかなか知ることができないようなもの、面白いものを探して伝えていきたいですね。これは『JESSIE』でしか読めないと思ってもらえるような、際立ったメディアにしていきたいと思っています。

また、風俗嬢やAV女優など、性業界に関わった女性は、世間的にはその期間は空白の期間になります。友達にも家族にも言えない期間…うまく隠して世の中を渡っていける人もいれば、そうでない人もいる。どちらにしろ、年を取ったらうまく稼げなくなってしまうことがほとんど。そんな時に、体を売るのではなく、ライターとして物を書いたりと、別の能力で稼ぐお手伝いができればと思っています。彼女たちは、彼女たちにしか書けないコンテンツを持っています。

ただ、『漂流遊女』で取材したような、ニッチもサッチもいかないような人生に行き詰ってしまったような女性は活躍できないのかと思うと、申し訳ない気持ちになります。いつかその問題にも取り組んでいきたいと思っています。

 

(取材年月:2014年2月18日)

中山 美里氏

媒体名
JESSIE

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