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「伝える」よりも「つなげる」をゴールにしたい

オルタナS。社会貢献やエコ、社会起業家に関心のある若者なら誰しもが一度は耳にしたことがあるだろう。副編集長である池田真隆さんに、副編集長になった経緯やオルタナSに対する想い、今後の展望についてお話を伺った。

東日本大震災をきっかけにひろがった世界



Qまずは池田さんが「オルタナS」の副編集長になられた経緯について教えてください。


小中高とサッカーをやっていたので、大学でもサッカーサークルに入りました。そのときに、「フットサル大会を開くことで国際協力になる」という活動をしている友人から声をかけられ、運営ボランティアとして手伝うことになったんです。

その活動の中に、フェアトレードのフットサルボールを制作して販売し、その収益でカンボジアにサッカーグラウンドをつくるという企画がありました。1個4000円のサッカーボールはなかなか売れず、どこかに取材してもらおうと駆け回り。唯一取り上げてくれたのが、環境とCSRにフォーカスしたビジネス情報誌「オルタナ」だったんです。

オルタナの方とお話したときに、自分はもともと小説を書くのが好きで、大学でも文学を勉強していたことを伝えていました。そしたら2011年の始めに、「若者による社会変革を応援する『オルタナS』というメディアを立ち上げるから関わってみないか」と誘われたんです。最初は気が向いたら書く程度の関わりでした。

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でも、3月11日に東日本大震災が起きて。それを機に、東北に移住する友人や、NPOを立ち上げる友人、起業する友人などが出てきたんです。友人たちが進路について真剣に考えている中で、自分も本気で考えるようになりました。自分は「書く」ことで、頑張っている友人たちを応援できたらいいなと思い、2011年10月頃から、オルタナSにインターンとして関わり出すようになりました。

ちょうどそのタイミングで、オルタナSの編集長、副編集長が同時に退任することになり、僕が副編集長に指名されたんです。

QQ.突然の抜擢だったのですね。最初の頃は苦労されたのでは?


大学4年生だった当時はビジネスマナーも知らないし、取材経験もほとんどありませんでした。1日に1本書くのがやっとの状態でしたので、かなり苦戦しましたね。PVも月間1万とか3万くらいで、個人のブログよりも読まれていない状態で、随分悩みました。

でも一方で、オルタナSの取材で、学生起業家やフリーで活躍している方、LGBTの当事者の方など、様々な想いを抱えている人たちに出会えたことで、世界が広がりました。働き方、LGBT、障がい者雇用、地域活性化、孤独死などいろいろなことについて知ったり考えたりすることができたのは本当に良かったなと。



大事なことは、自分がどう思うかということ



Q現在オルタナSは、PV数も30万を超え、社会貢献を代表するメディアになりましたが、ターニングポイントはありましたか?


top_interview_masataka_ikeda_data_image1ターニングポイントというよりも、いろんな方に取材をさせていただいた積み重ねが大きいのかなと。オルタナSでは、記事を書く時に必ず取材をします。年間200から300本、始めた頃から数えると約3,700本くらいですね。

ただひとつ、大切にしている体験があります。オルタナSの読者プレゼントのコーナーに載せる賞品について上司に確認したときでした。上司から「なぜこの賞品を選んだの?」と聞かれて、「巷で話題なので」と答えたんです。そうしたら上司から、「世間の人が何て言っていようが、大事なのは自分がどう思ったか。それを大切にできなければ編集者としての存在意義がなくなってしまうよ」と言われたんです。

大切なのは自分がどう思うか。それまで、PV数を伸ばしたくて、これなら世間にウケるのではないかという基準で書いていたこともあったんです。上司の言葉を受けてから、自分がどう思っているかを考えながら記事を書くようになりました。自分の想いが入っている記事の方が、PV数も伸びることに気付いたのは大きかったですね。

Q3,700本近い取材をされてきた池田さんですが、一番印象に残っている取材はなんでしょう?


すごく怒られた取材がありまして。ちゃんと下調べができていなくて、雑談をするような取材になってしまったんです。そしたらその方から、「取材というのは真剣勝負なのだから、事前にきちんと準備をして、しっかりとした質問をすることが重要なんだよ」と。「しっかりとした質問というのは、杓子定規にはまったものではなくて、迫力のある質問のこと」と言われました。

たとえば、最初の質問で「活動の概要を教えてください」よりも「先日おっしゃっていたことはこういった意図があったと思うのですが、詳しく教えていただけますか」というのでは大違いで、それだけで下調べをしているのかしていないのかがわかってしまう。最初の質問がインタビュー全体のテンションを決めることを教えていただいたりと、すごく学びの大きい取材でした。



本当に伝えたい人に伝わる体制



Q2014年4月より、支援を受けていた株式会社デルフィスから独立したそうですが、独立して運営するにあたって意識したことはありますか。


大手のWebメディアと真っ向から発信力やPVで競っても勝つことは難しいと思いました。
それよりも、伝えたい人にしっかりと届き、そこから新たなつながりが生まれるということがゴールなのではないかなと。小規模かつ濃いつながりで柔軟に対応できるオルタナSなら、たとえば新たなビジネスも生まれやすくなると思っていて、そこが強みなのではないかと。

そこで「伝える」よりも「つなげる」を意識して、本当に伝えたい人に伝わるという体制を整えたんです。

Q伝えたい人に伝わる体制というのは、具体的には?


まず読者層を徹底的に分析しました。読者の趣味嗜好や所属、年齢など、SNSなども見たりして分析した結果、読者の傾向が見えてきたんです。
次にそのデータをもとに、様々な区分けをしてリストをつくっていきました。

たとえば「障がい者雇用に関心のある学生のリスト」だったり、「LGBTの当事者たちのリスト」だったり、「起業家志望の学生のリスト」だったり。その結果、母体数が多くなくても、企業の方々は関心を持ってくださるようになり、15社のスポンサーがついてくださいました。



社会との距離なんてないということを伝えたい



Q今後の展望についてお聞かせください。


S支局記事を書いて伝えるということも大事だと思っていますが、今後は単純に伝えるだけではなく、「若者の社会変革を応援」というコピーのとおり、オルタナSに集まってきた読者たちも行動を起こせるようなイベントや企画をやりたいなと思っています。

2014年11月から、「オルタナSキャンパス支局」の支局員の募集を開始しました。15歳から25歳までが対象で、5人集めてくれたら誰でも支局の開設ができるのです。そしてエコ・ソーシャル・エシカルを主体に取材をしてもらいます。

現在ある10支局をロールモデルにして、2015年中にSキャンパス50支局開設を目指しています。ソーシャルな学生・若者たちのネットワークを作れればなと。

学生組織は学生だけで運営していく方が勢いもあるし、学生ならではの視点で物事を考えることができます。何より自分たちの”好き”で行動していってくれているのでそれが良いなと。大学生と企業のコラボを20件やることも目標です。

Q最後に、池田さんご自身の個人的な目標をお聞かせください。


個人的には、昔から「小説を書く」というのが目標です。ミヒャエル・エンデの『モモ』を読んだことがきっかけで小説家を目指しました。

top_interview_masataka_ikeda_data_image2まだ書けてはいませんが、小説の内容は決まっているんです。登場人物は、「ぼく」と「きみ」のふたりだけ。ぼくは僕自身で、きみは社会全体のことを指していて、そのぼくときみとの距離感について書きたいと思っています。

僕自身が社会から距離を感じたことが根っこにあるのかもしれません。オルタナSの取材などを通して、若い人たちから「社会との距離を感じる」ということを聞きます。居場所を見つけられなくて大学を中退してしまったり、高校でいじめにあったり、LGBTをカミングアウトできなかったり。

でも実は社会との距離はなくて、ぼくときみは離れていないんだよ、一緒なんだよ、ということに気づいてもらえるような小説を書きたいなと思っています。

(取材日:2015年1月15日/撮影:菅井 淳子)

池田 真隆氏

媒体名
オルタナS
部署・役職
副編集長
プロフィール
1989年2月22日生。2012年立教大学文学部文学科文芸思想専修卒。「オルタナS」副編集長。2013年、株式会社マンダムのステークホルダーダイアログ(エシカル消費)参加。現代ビジネス「オルタナティブな若者たち」で連載。日本財団「THINK NOW ハンセン病」ユースチーム代表。

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