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渋沢栄一と老舗 エピソード①  戦争の悲惨さと平和の尊さを伝える「日米親善人形交流」

渋沢栄一が尽力した 戦争の悲惨さと平和の尊さを伝える「日米親善人形交流」の「青い目の人形」「答礼人形」が展示されている「創業三百十年記念 吉德これくしょん名品展」が2021年8月7日まで開催中。

渋沢栄一は数々の企業の創業にかかわり、「日本資本主義の父」と称される一方で、草の根で人と人との相互理解の大切さを訴え、国際親善にも貢献した人でした。それを象徴するエピソードの一つが、日米親善人形交流です。

昭和2年(1927)春、アメリカから12,000体を超える「青い目の人形」が日本に贈られました。その目的は、排日移民問題が過熱し、関係が悪化した日米の子どもたちの間に友情交流を結ぶことでした。この交流を両国に呼びかけたのは、アメリカの宣教師シドニー・ギューリック。そして、日本側で人形の受け入れに奔走したのが渋沢栄一でした。横浜と神戸の港に到着した12,000体の「青い目の人形」は、全国の保育園や尋常小学校に届けられ、各地で華やかな歓迎式が行われました。渋沢も全国各地を回り、日米友好を肌で感じたといいます。

そして、その年の秋には返礼として、名工たちが技術の限りを注いだ58体の愛らしい市松人形がアメリカに贈られました。この答礼人形には「ミス東京」「ミス宮城」など日本各地の名前が付けられ、全米で大歓迎を受け、各州の美術館や博物館に納められました。この「答礼人形」製作の指揮を取ったのが、吉德の先々代、10世・山田德兵衞でした。

しかし、その後、戦争が始まると、「青い目の人形」は敵視され、ほとんどが処分されました。現在、存在が確認されているのは340体ほどしかありません。10,000体を超える美しい人形が、無残なかたちで失われたのです。

一方、日本から贈られた58体の「答礼人形」は、その多くが残りましたが(現在までに47体)、年月を経て痛んでいましたので、戦後、「答礼人形」を里帰りさせ、修復をしようという運動が高まりました。その里帰りをした人形の大多数の修復を務めたのが11世・山田德兵衞です。また、その意志は当代にも引き継がれ、人形の修復が続けられています。

平和の尊さを伝える「青い目の人形」と「答礼人形」については、2021年8月7日まで開催されている 「創業三百十年記念 吉德これくしょん名品展」でも紹介されています。

 

 

 

 

【参考】

■日米親善人形交流: https://www.yoshitoku.co.jp/about/a_collect#meihin

 

■「創業三百十年記念 吉德これくしょん名品展」 https://www.yoshitoku.co.jp/about/a_collect#meihin

・会期 :開催中〜8月7日(土) 10:00 ~ 17:00 /無休/観覧料:無料
・会場 :吉德浅草橋本店4F 吉德これくしょん展示室 (JR・都営浅草線 浅草橋駅下車すぐ)

 

 

 

【本件に関するお問い合わせ先】  

■東都のれん会  広報委員会    (担当:太田 xlj02222@rd6.so-net.ne.jp )

*東都のれん会は 昭和26年(1951)に設立された東京の老舗の会です。

 ホームページ https://www.norenkai.net/ 



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