幼少時の社会的孤立によりダメージを受ける特定の神経回路を発見 ～社会性障害の治療法開発に新しい道～

研究の背景 ：近年イギリスで「孤独担当大臣」のポストを設置するなど、孤独がメンタルヘルスに与える悪影響が注目を集め始めています。デジタル化の発展で、ソーシャルメディア等で多くの人と繋がることが可能になったにもかかわらず、孤独を感じる若者が少なくありません。さらには新型コロナウイルスの蔓延により、学校閉鎖や外出の禁止でさまざまな社会活動が制限されるなか、社会的孤立がこども達にあたえる影響が特に懸念されています。幼児期の社会的孤立は、成長してからの社会的行動障害を引き起こしやすくなることが知られていますが、その原因となる神経回路は分かっていませんでした。この度、ニューヨーク市・マウントサイナイ医科大学・精神科・准教授の森下博文博士の研究グループは、マウスを用いた実験で、幼少時の社会的孤独がダメージを与える神経回路を同定することに成功しました。この研究成果は英学術誌『Nature Neuroscience』２０２０年１０月号に発表されました。

研究の成果と意義： 本論文の筆頭著者である山室和彦博士（当時・マウントサイナイ医科大学博士研究員、現・奈良医科大学・精神科助教）と森下博士らは、離乳直後のマウスを約２週間、親や兄弟から隔離し孤立させて飼育すると、脳の高次機能を司る前頭葉から報酬系の制御に関わる視床室傍核に投射する神経細胞が特にダメージを受けていることを明らかにしました。また、集団生活をしていたマウスでは、他のマウスとの交流中にこの神経細胞が活性化し、社会性を促すことを確認しました。一方で、幼少時に孤独飼育されたマウスでは、他のマウスとの交流中に、この神経細胞が十分活性化せず、交流時間を減少させることが分かりました。また「オプトジェネティクス」という特定の神経細胞を光照射によりスイッチオンさせる技術を用いて、障害を受けた回路を刺激すると、他のマウスとの交流時間が増加し、社会的行動の障害を回復させることが可能となりました。

　　論文発表に際し、森下博士は「今回の研究により、幼少時の社会隔離体験が悪影響を及ぼす特定の神経回路が分かったばかりでなく、この回路の活動を制御することで、社会性の低下を回復させることに成功したことから、この神経回路は、社会性障害の治療開発の有力なターゲットになると期待されます。」と述べています。社会性の障害は自閉症・ADHD・統合失調症等の精神疾患でみられることから、今後これらの疾患の患者でも同様の知見が確認されれば、新たな治療法の開発につながると期待されます。

原著論文：

A prefrontal–paraventricular thalamus circuit requires juvenile social experience to regulate adult sociability in mice. 　

Yamamuro K, Bicks LK, Leventhal M, Im S, Kato D, Flanigan  ME, Garkun Y, Norman KJ, Caro K, Sadahiro M, Kullander K, Akbarian S, Russo SJ, and Morishita H*

Nature Neuroscience

DOI : 10.1038/s41593-020-0695-6 ​

＃イメージはNature Reviews Neroscience誌より引用